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2008年04月08日

命を懸けるものがある人の生き方には迫力がある

原田です。

先日、新聞に掲載されていたある記事が捨てられずに、記事を切り取って家に保管しました。新聞記事を保管することなど、これまではほとんどしたことがなかったのですが。

記事は、日本人ジャーナリストの長井さんを撮影した写真を撮った、ロイター通信のアドリース・ラティーフさんを取材したものです。その取材記事と一緒に、実際にアドリース・ラティーフさんが撮った下記の写真も掲載されていました。



これは、ミャンマー(ビルマ)の反政府デモの現場で、ビデオカメラを手にしたまま銃弾に倒れ、射殺されたビデオジャーナリストの長井さんと、逃げまどう市民、至近で銃を向ける兵士らを撮影したものです。

この、銃弾に倒れながらも尚、ビデオカメラを取り続けた長井さんの姿から、

・おそらく長井さん自身が最も理解していた「危険な現場だ」という前提がありながら、反政府デモを撮影していた長井さんの普段からの覚悟

・銃弾に倒れても尚、ビデオを撮り続ける執念

・撮り続けねばならないという責任感

を感じました。命を懸けることがいいというわけではないですが、命を懸けるものがある人の生き方には迫力があります。

命を懸けるものの裏にある、「覚悟」「執念」「責任感」、こういったものが迫力となって伝わってくるのだと思います。

自分達のような恵まれた環境で育ってきた世代には、この「迫力」が低下しています。言い換えるなら、生命力が低下しています。この個々人の生命力の低下が、ひいては国力の低下に繋がっているのだと思います。

長井さんのような方の生き方を見て学び、再度自身を鍛錬していくことを、自身に言い聞かせなければならないと思いました。


この写真は昨日、ピュリツァー賞を受賞しました。
自分がこの写真から大きな衝撃を受けたように、多くの人がこの長井さんの姿から衝撃を受けたのだと思います。  


Posted by KNブログ at 09:00Comments(0)